吸血鬼のおしごと

ライトノベル「吸血鬼のおしごと」を読んだ。主人公である月島は吸血鬼である。 千年を越えて生きる彼は人間社会に溶け込んで暮らしていた。 その彼が別の吸血鬼と戦うはめになり、その際に巻き込んでしまった人間レレナを意図せず半吸血鬼にしてしまうところからストーリーは始まる。

読んだのは数ヶ月前なのだが、どうにも評価しづらくて今まで後回しにしていた。 それと言うのも私はこの小説を読んで不快感のようなものを感じて印象が悪かったのである。 不快感と言うよりは違和感と言った方が妥当かもしれない。 だが、それは吸血鬼の異質なメンタリティ表現によるものと気付いた。 主人公の人間社会の中での生活は話が進むにつれて綻びが増えていく。 その綻びが違和感の正体だろう。

ラストでは主人公は敵と相討ちになって消滅する。 だがそれで全てがメデタシメデタシとはならない。 レレナは人間に戻れない。 問題を残したままで、それでも少し前向きに生きようとする姿勢がただ生きるために生きる吸血鬼達と対比して妙な安心感を感じさせるのである。 つまり、吸血鬼を題材にしてはいるが、それによって人間の生き様を浮き立たせている。 ある種の人間賛歌と言えなくもない。 逆に言えば吸血鬼が吸血鬼として存在することの悲哀もまたこの小説のテーマのひとつだろう。

このように相互の立場の違いの表現に成功しているのは先に述べたように吸血鬼の異質さの表現によるところが大きいと思う。 私が感じたようににそれを不快に感じる人は少なくないかもしれない。 だが、それこそがこの物語の本質的な部分だと思うわけだ。

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