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中二病とプログラミング

中二病という言葉がある。 代表的な症例としては以下が挙げられている。

  • 洋楽を聞き始める。
  • うまくもないコーヒーを飲み始める。
  • 売れたバンドを「売れる前から知っている」とムキになる。
  • やればできると思っている。
  • 母親に対して激昂して「プライバシーを尊重してくれ」などと言い出す。
  • 社会の勉強をある程度して、歴史に詳しくなると「アメリカって汚いよな」と急に言い出す。
http://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=%E4%B8%AD%E4%BA%8C%E7%97%85&oldid=45711238#.E7.97.87.E4.BE.8B

定義に曖昧さがあるので私なりに考えてみたのだが、中二病とは「憧れるものに届こうとする背伸び」だと思う。 中二病がいくつかのタイプに分けられるというのも憧れる対象が違うということではないか。 上述の症例で言えば、憧れる対象は「大人」であろう。 中途半端に通ぶった言動はイタくもあるがある意味では微笑ましくもある。 最初は背伸びでもいつかは等身大で手が届くようになるのだ。

私自身を振返ってみると、プログラミングを始めたのは憧れが根底にあると思う。 つまり、私の場合はプログラミングへの傾倒という形で中二病が表れたわけだ。 プログラミングは素養のない者にとって内部で何が起っているのか見えないので、魔術めいた神秘性が感じられてカッコイイではないか。 生れたときから高度な情報インフラに触れている現代の若者にとってはそうでもないかもしれないが、私にはそう見えた。 きっかけは何にせよ、結果的に今でもプログラミングに関心を持ち続けているし、資格を取ったりもして、現実に役に立っている。

一方で現在では中二病といえばほとんどの場合に邪気眼タイプを指す。 邪気眼タイプの中二病の場合、憧れる対象は「ファンタジー」だと言える。 そしてこのタイプの中二病はいつまでたってもイタいだけで役に立つ日はこない。

だから私は中二の皆さんに声を大にして言いたい。 邪気眼ってる場合じゃねーぞ。 プログラミングしようぜ。 プログラミングでなくてもいいけど、せめてスポーツとか芸術とか…何かもっとマシなものを。 青春を振返ったときにその内訳が邪気眼っていうのはかなりつらいはずだから。

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