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自分の物差し

私が小学生くらいの頃、漫画に最初に触れたくらいの頃に最も人気があった漫画はドラゴンボールだった。 私もドラゴンボールの単行本を集めてはいた。 しかし、それほど強くドラゴンボールを好んでいたわけではない。 なぜだろう?

まず、私は知略を駆使する登場人物を好む傾向にあるというところを出発点にして考察してみた。 頑張って強くなって敵を倒すという体育会的なノリが私には受入れがたいという嗜好は理由のひとつだが、それよりも知略には物語に説得力が生じると考えている。 単純なバトル漫画における各登場人物の強さは相対的なものだ。 コイツはアイツに勝ったからコイツはアイツより強いとか、すごく強い (と作中で言われている) 師匠に師事したから強くなって強さの序列を覆えしたのだとか、仲間を殺されて怒りで覚醒したとか、そういった形で強さに説得力を持たせている。

一方で、知略で戦うとはどういうことかというと、思いもよらない作戦を考えだすとかいったことだ。 読者自身がそれを読んで「自分がどんなに頭をひねってもこんなことを閃かない」と思ったらその登場人物が凄いと感じる。 つまり、知略の凄さを読者自身を基準として理解できる。 もちろん、物語を作る側では作戦を上手くいかせる状況の方をいくらでもいじれるので御都合主義が全くないというわけではないのだろうが、より強い説得力を感じさせる力があるのではないだろうか。

つまり、相対的な強さ表現では今一つ納得しきれないことが多く、私が物語に没入できないことに繋がっているのではないかと思う。

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