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工学のバランス感覚

工学 (エンジニアリング) というと工業の学問という印象を持っている人もいるし、狭義にはそういう意味でもあるのだが、実際にはもっと広い意味も持っている。 工学というのは扱う分野というよりはそれが指向するところだ。 工学は科学と対になる概念である。 科学は物事の理屈を解き明かすもので、工学は問題を解決するものだ。 工学における問題解決の道具として科学の知見はおおいに利用するし、工学が積み重ねた問題解決の実績から理屈が見出されることもあるので使う理屈はかなり共通している。 とはいうものの、工学は科学のように厳密な理屈がなくても問題が解決されることが優先だ。 私が持っている制御工学の教科書には以下のような言回しがしばしば現れる。

経験的に次のような値が適当とされている。

私はこれを見て「えっ? 経験則なの?」と思った。 現実には読み取りきれない無数の要因が存在し、それらすべてを厳密に計算することは出来ない場合がある。 あるいは計算可能だとしても計算の手間が効果に見合わないといったこともあるだろう。 結局のところ程度問題なのだ。

例えばあなたが料理をするときにレシピに書いてある分量から 0.01g もずれずに厳密に計量するかというとそんなことはない。 結果的においしく食べられる範囲ならおおざっぱでもいいのだ。 おいしい料理が必要という問題を解決するのに充分ならどんな過程を経てもよい。 しかし、どれくらいおおざっぱでもよいのかというのは多分に感覚的だ。 その感覚というのはこういう風に作ればこういう結果が出来上がるというのを知っているからわかるのである。

そういった、「こうやればこうなるだろうな」という見極めは経験の積み重ねで得るもので、学問としての下地はあるにせよ最終的には肌感覚に頼る泥臭いものなのだ。 しかし、それで充分に問題は解決できるということでもある。 現実の問題解決のためには学問によって積み重ねられた既存の知識を活用しつつもそれに拘泥しないバランス感覚が必要なのである。

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